令和7年4月法話「帰命無量寿如来 ─きみょうむりょうじゅにょらい─」
帰命無量寿如来 ─きみょうむりょうじゅにょらい─
安芸教区佐伯東組光乘寺 中村啓誠
今月から、〈浄土真宗を開かれた親鸞聖人が、お念仏の救いをよろこばれた、信心のうた〉である、「正信念仏偈」(しょうしんねんぶつげ。略して「正信偈」と言います)のお言葉を、皆さんとご一緒に味わってまいります。
このうたは、「帰命無量寿如来」(きみょうむりょうじゅにょらい)という言葉で始まります。「無量寿如来」とは「いのちに限りが無い仏さま」という意味。浄土真宗で大切にする阿弥陀さまの別名です。サンスクリット語の「アミターバ」(光に限りが無い)・「アミターユス」(いのちに限りが無い)に漢字を当てたのが「阿弥陀」ですから、阿弥陀さまはそのお名前じたいに「いのちに限りが無い」という意味を持っておられるのです。
「帰命」(きみょう)とは、サンスクリット語「ナマス」の訳語で、「おおせにしたがう」こと。「ナマス」に漢字を当てたのが「南無」(なも)ですから、「帰命・無量寿如来」と、「南無・阿弥陀仏」のお念仏は、じつは同じ意味なのでした。その「おおせ」とは、
あなたのいのちをむなしく終わらせることはしない。
かならず浄土に生まれさせ、仏にしてみせよう。
という、阿弥陀さまのおおせです。お念仏は、わたしが称える声ですが、そのまんまが、〈阿弥陀さまのおおせを、わたしが今、はからいなく聞かせていただいていること〉だったのです。
歌人・河野裕子(かわのゆうこ)さんの歌に、
しっかりと 飯を食はせて陽にあてし
ふとんにくるみて寝かす仕合せ
親元を離れ、社会人として一人暮らしをはじめた子ども。たまに実家に帰ってきたときの、母親のまなざしです。親は、わが子と自分のいのちを「ひとつ」と見ているから、子どもがおなかをすかせていないか、ちゃんと眠れているか、気がかりでしょうがない。あなたの苦しみが、わたしの苦しみ。あなたのよろこびが、わたしのよろこび─────
朝に見て 昼には呼びて夜は触れ 確かめをらねば子は消ゆるもの
子がわれか われが子なのかわからぬまで
子を抱き湯に入り子を抱き眠る
こんな、胸が締めつけられるような切ない「親心」をうたいあげた歌人・裕子さんは、2010年に乳がんで亡くなりました。享年64歳。亡くなる前日、病室で家族に囲まれ、最後の一首を詠まれます。
手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息が足りない この世の息が
息をするのも辛い状況にありながら、最後まで家族のことを思いぬいた裕子さん。ご家族はこの先もずっと、この歌にささえられてゆくことでしょう。特に、こんなにも濃密な愛を注いでくれる母を持てたお子さんたちは、幸せだなあ、と思います。
裕子さんのこれらの歌を通じてわたしは、阿弥陀さまがなぜ「無量寿如来」=いのちに限りが無い仏さま=というお名前を持っておられるのか、気づかせてもらいました。自他を傷つけるような生き方しかできないないわたしたち。愚かさゆえのその苦しみを、わがこととして共感する阿弥陀さまは、未来永劫、苦悩するすべてのいのちと共に居るために、「いのちに限りが無い」真実の親となろう、と決意されたのでしょう。
苦しんでいるあなたがいるかぎり、
わたしが先に倒れるわけにはいかない。
だからわたしは、念仏の声となって、
どんな時もあなたと一緒にいることにした。
わが子よ。どうかその人生を、
わたしと共に歩んでくれないか?
毎朝、お正信偈をおとなえするのは、阿弥陀さまのこのおおせを聞いたわたしたちが、
「いつも一緒にいてくださる阿弥陀さま。今日もあなたのおおせにしたがって生きます!」(帰命無量寿如来)と朝一番に申し上げ、一日を始めることだったのですね。
中村啓誠
1969年8月24日生。
安芸教区佐伯東組光乘寺衆徒。
本願寺派布教使。
布教研究専従職員を経て、現在布教使課程専任講師。
広島県呉市在住。
