お知らせ

令和8年3月法話 「偈前の文」

信徳寺 小西善憲

 

「しかれば大聖(だいしょう)の真言(しんごん)に帰し、大祖(たいそ)の解釈(げしゃく)に閲(えつ)して、仏恩(ぶっとん)の深遠(じんのん)なるを信知して、正信念仏偈を作りていわく」

 

 

 一年間続きました正信念仏偈の法話ですが、来年度も継続させていただくこととなりました。今年度は先月までで親鸞聖人が仏説無量寿経をうかがわれた「依経段」が終わりました。また来年度は親鸞聖人が七高僧として大切にされた印度・中国・日本の7人の僧侶方のお心を表した「依釈段」を味わっていきたいと思います。つきましては今回は「依経段」を受けて次の「依釈段」へと向けて、親鸞聖人が大切にされたお心をうかがわせていただきます。

 

 

 親鸞聖人が正信偈をお示しになられたのは主著の『顕浄土真実教行証文類』の行巻末です。その直前の「偈前の文」と言われるところが、冒頭にいただきましたことばになります。どのような意味かというと、「お釈迦さまのお説きくださった真実の教えにしたがい、また印度・中国・日本の祖師方の受け止められたところを拝読して、仏さまの御恩の深いことを信じ喜んで、次のように『正信念仏偈』を作ることにした」というものです。「大聖の真言」すなわちお釈迦さまのお説きくださった真実の教えとは『仏説無量寿経』であり、祖師方は親鸞聖人が「七高僧」とお敬いになられた先人です。それぞれお浄土に生まれることを願われ、お浄土の教えに関する著述をのこされ、新たな教えの展開を表された方々を親鸞聖人が選定されました。それが「大祖の解釈」です。『仏説無量寿経』と「七高僧のお示し」を受けて、「仏恩の深遠なるを信知して」、すなわちこの私のために阿弥陀如来がお救いの道を完成してくださったお心の深さを喜び、そのお徳に報いていくことが正信念仏偈を作られた親鸞聖人の思いであるということです。

 

 さて親鸞聖人はこのようなことをおっしゃっておられたと御門弟がおことばを集められた『歎異抄』にあります。

 

 弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教、虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈、虚言したまうべからず。 善導の御釈まことならば、法然のおおせそらごとならんや。法然のおおせまことならば、親鸞がもうすむね、またもって、むなしかるべからずそうろうか。」

 これは、「阿弥陀さまのご本願が真実だからお釈迦さまがお説きくださった。この仏説(『仏説無量寿経』)が真実だから、善導大師が丁寧にお開きくださった。この善導大師の解説が真実だから、法然聖人も本当のことをおっしゃっておられる。だから私、親鸞が申すこともむなしいものになることなどない。」というような意味のことばです。親鸞聖人は、私の言うことの根拠として仏さまや先人方がおられるという論理展開ではなく、仏さまが真実だからそれをそのまま伝えているだけという展開をされています。人のことば、人の心はころころ変わります。当てにならない私を当て頼りにしたことばではなく、真実の仏さまを当て頼りにしたことばという立場を明確にされておられたのです。そのことは正信偈の「依経段」にある「如来正意興出世 唯説弥陀本願海」という御文にも表されています。「お釈迦さまがこの世界にお出ましくださったのは、ただ阿弥陀さまの御本願をお説きくださるためである」というこのことばは、真実の側におられる阿弥陀如来・釈迦如来という仏さま方が、この私を救うために阿弥陀如来がお救いの法を成就されたことを、釈迦如来が当て頼りにならない私たちの側に告げてくださるのを喜ばれたものです。すなわち阿弥陀さまがすべてのいのちをもらさず救う本願を成就され、お釈迦さまから七高僧、七高僧から親鸞聖人へとつなげられたのです。

 お釈迦さまがこの世界にお出ましくださったお心は、まさしく阿弥陀さまのお救いを説くためであったと『仏説無量寿経』のお釈迦さまのおすがたからうかがえます。お説きになられるときにお顔がキラキラと輝いているというのです。先日、先輩の布教使さんから次のように聞かせていただきました。お釈迦さまが説きたかったことはいかなるいのちも救いぬく阿弥陀如来のお救いです。その大切なことをお釈迦さま以来の先人方はさまざまな形でもって伝えるためにご尽力されてきました。お寺もそれぞれのご家庭のお仏壇やお墓も、今こうして話しているご法座もそうです。お釈迦さまのお心が届いています。その大切なお心は何か、「阿弥陀如来に出遇ってくれ」ということです。「南無阿弥陀仏に出遇ってくれ」ということです。お釈迦さまのキラキラとした大切な語りが今ここまで届いているということなのだと教えていただきました。

 この尾崎別院も、このウェブサイトの法話もお釈迦さまの大切に語られたことが今現に届いているということです。それはすなわち、すべてのいのちを漏らさずお救いくださる阿弥陀如来の御本願が間違いなく届いているということです。阿弥陀如来や釈迦如来という仏さま方の真実のお心が届いている、その真実のお心をお互い様に聞かせていただいている、だから間違いないということを私たちも大切にしていきたく思います。


小西善憲

1980年2月29日生。

大阪教区榎並組信徳寺住職。

本願寺派布教使。

特別法務員。

本願寺得度習礼・教師教修所期間中指導員、布教研究専従職員を経て、現在中央仏教学院講師。


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