つい先日、お正月
そして、スーパーには節分の恵方巻など
終わったと思ったらおひなさま
あっという間に春のお彼岸のご案内をする時節になりました。
人間はあくせく、あくせく、時間に追われているように思います
このことを考えると思い起こされるお言葉があります。
七高僧(宗祖親鸞聖人が選定したインド、中国、日本の7人の高僧)のお一人、中国の善導大師(ぜんどうだいし)がお書きになられた『往生礼讃(おうじょうらいさん)』の「日没偈(にちもつげ)」の一節に「無常偈(むじょうげ)」と言われる節があります。
それは
人間悤悤営衆務(にんげんそうそうようしゅうむ)
不覚年命日夜去(にかくねんみょうにちやこ)
如灯風中滅難期(にょとうふうちゅうめつなんご)
忙忙六道無定趣(もうもうろくどうむじょうしゅ)
未得解脱出苦海(みとくげだつしゅくかい)
云何安然不驚懼(うんがあんねんふきょうく)
各聞強健有力時(かくもんごうごうんうりきじ)
自策自励求常住(じしゃくじれいぐじょうじゅう)
人間悤々(そうそう)として衆務(しゅうむ)を営み、
年命(ねんみょう)の日夜に去ることを覚えず。
灯(ともしび)の風中(ふちゅう)にありて滅すること期(ご)しがたきがごとし。
忙々(もうもう)たる六道に定趣(じょうしゅ)なし。
いまだ解脱(げだつ)して苦海(くかい)を出(い)づることを得ず。
いかんが安然(あんねん)として驚懼(ぎょうく)せざらん。
おのおの聞け。強健有力(ごうごんうりき)の時、
自策自励(じしゃくじれい)して常住(じょうじゅう)を求めよ。
人間はあわただしく日常生活のさまざまな勤めをあくせくと営み、命が一日一日ついえていくことに気づいてはいない
ローソクの火が風の中にあっていつ消えるともわからないように、次々と六道の世界を輪廻(生まれては死にを繰り返す)して、落ち着くところが無い。
いまだに苦しみの世界を出て、悟りの世界に到ることが出来ない。どうして、日々をぼんやりと過ごし、驚き恐れずにいることが出来ようか?
おのおのよく聞け。健康でいられる時、自らつとめはげんで、一日も早く常住なる極楽浄土を求めよ。
というお言葉です。
みなさんどのように受け止められるでしょうか。
尾崎別院では次の日程にて「春季彼岸会」をお勤めさせていただきます。
彼の岸に先立たれた方々を偲びながら、この私の命の行く先を聞かせていただきましょう。
どなたさまも是非お参りください。
カテゴリ