お知らせ

令和8年秋季彼岸会をお勤めいたします

このところ、各地で大雨による被害が相次いでいます。

ここ数日も、激しい雨が降り続き、河川の増水や道路の冠水、土砂災害など、さまざまな不安を抱えながら過ごされている方も多いことと思います。

このたびの大雨により被害を受けられた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
また、今なお雨の中で避難や復旧にあたっておられる皆さま、被害の心配をしながら過ごされている皆さまのご無事を、心より念じ申しあげます。

雨は、私たちの暮らしに恵みをもたらす一方で、ときに大きな災いをもたらします。

昨日まで何気なく過ごしていた日常が、激しい雨によって一変してしまう。
大雨の報道に接するたびに、私たちは、日々を無事に過ごせることが決して当たり前ではないこと、そして一人ひとりのいのちが、かけがえのないものであることを思わされます。

まもなく、秋のお彼岸を迎えます。

彼岸という言葉には、迷いの世界である「此岸」に対して、仏さまのさとりの世界である「彼岸」という意味があります。

浄土真宗においてお彼岸は、亡き方をお偲びするためだけの期間ではありません。
阿弥陀如来の願いを聞き、仏さまの教えに遇いながら、私自身の生き方や、いのちについて静かに見つめる大切なご縁です。

思い通りにならないことの多い日々の中で、私たちはいつも何かを願い、何かを心配しながら暮らしています。

「どうか雨がやみますように」
「どうか被害がこれ以上広がりませんように」
「どうか皆さんが無事でありますように」

そんな願いを抱きながら空を見上げることも、今年のお彼岸には、いつもとは少し違った意味を持つのかもしれません。

雨の音を聞きながら、被害に遭われた方々のことを思う。
無事であることの有り難さに気づく。
そして、今日ここに生きている自分のいのちについて、静かに考えてみる。

お彼岸は、そうした時間を持つための大切な仏縁でもあります。

お寺にお参りするということは、何か特別なことをするということではありません。

本堂で手を合わせ、静かにお念仏を申す。
仏さまの前で心を落ち着け、ご法話に耳を傾ける。
亡き方を偲びながら、今を生きる私自身が、仏さまの願いに照らされていることを聞かせていただく。

そのようなひとときを、どうぞお過ごしください。

本願寺尾崎別院では、下記の日程で秋季彼岸会をお勤めいたします。

本願寺尾崎別院 秋季彼岸会

9月22日(火・祝)午後1時30分から

9月23日(水・祝)午前10時から

ご法話(仏さまのおはなし)本願寺派布教使の石崎博敍(大阪府)さん

なお、今後も雨が続くことが予想されます。
お参りを予定されている皆さまにおかれましては、くれぐれもご無理のないようお願いいたします。道路や交通機関の状況などをご確認いただき、ご自身やご家族の安全を何よりも優先してお越しください。

また、天候や被害の状況によってお参りが難しい場合には、どうぞ無理をなさらないでください。
それぞれの場所で、亡き方を偲び、手を合わせ、お念仏を申すこともまた、大切な仏さまとのご縁であります。

一日も早く雨が上がり、被害に遭われた地域に穏やかな日常が戻りますことを願いつつ、迎える秋のお彼岸。

本願寺尾崎別院で、ともに手を合わせ、阿弥陀如来の願いを聞かせていただきましょう。

皆さまのご無事を心より願い、秋季彼岸会のご縁をお待ちしております。

 

「彼岸」とは、迷いの世界を 「此岸」というのに対して、さとりの世界を表す言葉で、お彼岸とか彼岸会という場合の「彼岸」は「到彼岸」の略、つまり「迷いの世界からさとりの世界へ到る道の実践」を意味します。浄土真宗では、さとりに到るための修行はせず、 また、日々のお念仏の味わいが重要なのですが、このお彼岸の期間を「さとりの世界(浄土)へ到らしめてくださる阿弥陀さまのお徳を讃え、そのお心を聴聞させていただく仏縁」として大切にしています。「彼岸」は「あの世」とイコールではありません。「迷いの世界である「あの世」にいる故人を慰める」のではなく、「真実の世界である浄土に生まれた故人を偲びつつ、自分自身がその浄土へ到る道であるお念仏の教えに耳を傾ける」ご縁の期間であり、法要なのです。

【『浄土真宗 新 仏事のイロハ』より】


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